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四季の移り変わり、自然を受け入れ感謝しつつ楽しむ暮らし、質素だけれど豊かな暮らし。私たちはモノやコトを通じて表現したいと考えています。

北の住まい設計社の家づくり
直営店情報
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北海道の自然をまるごと家具に…
道産の広葉樹を使った手仕事でつくる小物たち
 
私たちが暮らしているこの地球に限りなく未来があるように、少しでも私たちにできること。
自然に優しい、天然の素材で作ること。素材が生き続けられる、やさしい作り方であること。
修理も可能な、しっかりとした手仕事であること。そして、飽きのこないシンプルなデザインであること。
これは子供たちの子供たちまで使い続けてもらいたいという北の住まい設計社の願いです。

IDENTITY

私たちの家具は
自然豊かな北海道・東川の地で生まれます

限りなくたっぷりの澄んだ空気、清らかな水、鳥や動物たちの声、春に夏に、そして秋に冬に、変化しながら姿を現してくれる大雪山。白樺、エゾマツ、トドマツ、イタヤ、ミズナラ、そして野草や花たち。えぞしか、きつね、いたちにたぬき、えぞりす、うさぎ、てん。自然を感じることは、与えられる恵みの多さを知ることであり、モノづくりにおいてもとても大切なことです。そんな自然の豊かな東川町の山奥にある、1928年に建てられた小学校が私たちの作業場です。

1985年に譲り受けた当時、住み手を失った廃校跡は雨漏りのする寂れた姿で雪に埋もれていました。永く使うことを考えた家具作りには、この古い建物を修理し、再生していくことに意義があると思い、屋根を葺き、ペンキを塗り直し、わずかな機械設備を整えスタートしました。以来、私たちの生き方のシンボルとして残してきた建物です。当初荒れた土地であった工場の周りは、植えた木々が育ち、夏には緑であふれるようになりました。
「永く使うこと」そして、「自然のリズムと共に生きること」私たちの家具や家づくり、提案し続けてゆきたい暮らしへの想いです。

少なくとも、木が土に根を下ろしていた年月を、
家具として生きられるように。

木は永い時を成長し続けてきたものです。雨の多い年、雪の多い年、強い風、夏の暑さ。100~200回もの四季を、同じ場所で受けとめてきたのです。人間ひとりひとりが、それぞれに形づくられ、顔も、考え方も、そして暮らし方も様々なように。また、各々に違った良さが備わり、誰もが素晴らしい存在であることのように。木もどのくらい生き、どのようなことがあったのか。その成長は年輪となって刻まれ木目の模様が現れます。
すばらしいことに、木は土に根をおろしていたのと同じ年月を、家具や家として生き続けられます。その年月に耐えられるよう、私たちは無垢材を使い、手仕事でモノづくりをしています。

木の個性を見極めながら、
ひとりの職人がひとつの家具を完成させます。

昔ながらの工法で、手仕事で、修理も可能なように、私たちの家具は基本的にひとりの職人がひとつの家具を完成させます。土に根を深くはり、いくつもの季節を越えて生きてきた木には、それぞれに個性があります。一度に作られる量は限られてしまいますが、個性を生かすモノづくりには、手仕事が欠かせないのです。
人の手は多様に複雑なことのできる、いちばんの道具です。目で見て、経験を通して予測し、技術を持って作り出す。職人の手と無垢の木、人と自然が関わり合う、モノづくりの原点のようです。私たちは、手仕事が次の世代にもあるように信じながら歩んでいきたいと思っています。

その土地に根付くモノづくり、暮らしを求め、北海道産の広葉樹100%へ

長く使い続けられる家具を追求し、様々な樹種での家具製作を取り組んできました。同時に、自然に恵まれたこの北海道の地で、その気候風土に合った暮らしのスタイルを、家具という道具を通して提案してゆきたいと考えて考えてした。深刻化する地球温暖化の現状、自然災害を目の当りにし、改めて私たちにできることを見直す必要のある今、輸⼊材をやめ、北海道産の広葉樹だけを使って家具を作る決断に至りました。終了の限られる北海道産の木材ですが、北海道・厚沢部町の鈴木木材さんから貴重な木材を分けて頂いています。木や森を深く愛し、自然と共に暮らすことを重んじる代表の鈴木社長。北海道内の樹種に絞る事で、同じ樹種の入手も難しくなるなどたくさんの問題もありますが、その限りある資源を大切に生かしたモノづくりをするため、カラーリングなども選択肢に入れながら取り組んでいます。

これからもずっと、子どもたちの子どもたちの代まで
長く使い続けられる道具となりますように…

FROM, Y.WATANABE

1985年に東川に移り住みました。あっというまに30年近くもの年月が経ちました。周りに植えた木々も大きくなり、夏にはすべてを覆うほどになりました。
この田舎に住もうと決めたのは、会社設立から7年目の時です。廃校になった学校の廊下には、雨受けのバケツが置かれていました。譲り受けた時は、「学校」という子供たちを育んできた年老いた建物でしたが、今までの厳しい環境を乗り越えてきた凛とした佇まいに、その誇りを見たように思いました。
それは今も変わりません。なぜここに来たのでしょうか。
思えば、若き時代を旭川の中心地で暮らしながら、都会の喧騒、あくなき経済活動、すでにはじまっていた物質への欲求、傷ついてゆく自然への無関心さ、そのような中で、「田舎暮らしを始めたい」という思いだけが、この地に住む目的でした。そして、家具づくりを始めました。「職人を育てる為に与えられし、東川第5小学校」と感じていました。

衣・食・住と言いますが、この地で家具を作り、暮らしの道具を集め、住まいを表現してゆく中で、その頂点にある暮らし、住まい、家、という表現をしようと決めたのは、2000年のこと。それから14年目を迎えようとしています。
家づくりも、スタッフ、知識、環境が整ってきたように感じています。家具から始まったこと、工場があって職人がいること、この強さ、他に出来ないオリジナリティ、木を熟知している人々、そして自社の大工たちが技を出し合って作る家。技能がひとつになってできる場が整ってきました。道具としての家具、住まいを彩る雑貨、そして性能のよい家。家族の暮らしの場で一緒に時を過ごす、永く使い続けられるもの、自然素材のもの。数え上げるとたくさんの表現という知恵を、この地でいただきました。
これからもずっと自分の一生が終わるまで、そして次の世代に受け継がれてゆきますよう、もうすぐ70歳を数えるこの頃です。
2014年 代表 渡邊恭延