今、北の住まい設計社のテーブルとなり、デスクとなっている木たち。樹齢は100〜200年位でしょうか。
これらの木たちは、永い時を成長し続けてきたものです。雨の多い年、雪の多い年、強い風、夏の暑さ。100〜200回もの四季を同じ場所で受けとめてきたのです。
人間一人一人が、それぞれに形づくられ、顔も、考え方も、そして暮らし方も様々なように。また、各々に違ったよさが備わり、誰もが素晴らしい存在であることのように。「木」も、どのくらい生き、どのようなことがあったのか。年輪には成長の記録が刻み込まれ独自の模様となって木目に表れてきます。
東川では、2002年11月27日、一晩で、湿った重い雪が膝上に達するほど降りました。一晩の降雪としては、私が東川に移住して19年、初めてのことです。私たちの工場の周りの木たちも、あるものは地上に頭を付けるまで曲り、耐えられないものは根から折れてしまうなど、大変な目にあいました。この記録がどのような年輪となって表れてくるのか興味深くもありますが、短い私の人生では見ることは叶わないのです。
たくさんの種たちが地上に落ち、全くの偶然によって、芽を出し、他の木や草と競争し、それに打ち勝って成長することをゆるされた一本の木が、100年〜200年と生き続けてきた年月の証である「年輪」。私は、すべてをつかさどる創造主である「神」が、「木」というキャンバスに、土・雨・風・光、虫やけものたち。暑さや寒さを駆使し、長い時をかけて描き出した作品のように思えるのです。
自然界の中で、おそらく一番長寿である木たちも、命の尽きる時が来ると、自然の中で朽ち果てて土に帰ります。しかし、家具として再び別の命を与えることが出来るのは、家具づくりをする者にとって喜びでもあり、苦しみでもあります。
さて、どんな再生の道があるのでしょうか。200歳の木が0歳になり、新たな200歳を生きるだけの力があるものを創造できるのでしょうか。家具づくりは、この問いに答えることではないでしょうか。
それは、私たちにとって見ることの出来ない永い永い歳月です。家具は、買ったときが最高の状態である他の工業製品と違い、「永く使うことが出来ること。」「使い続けることにより味わいのでるものであること。」この二つの点で決定的に違うものだと思っています。
現在、市販されている家具の多くは、合板の表面にツキ板(木材を薄くスライスしたもの)を貼っています。これは、工業製品として機械加工をし易くすると共に多量に同じものを生産するためのテクニックです。家具に対し他の工業製品と同じように均一な仕上がりを求めていった結果ではないでしょうか。
北の住まい設計社では、「家具」を工業製品として製作するのではなく、一生使え、また、次の世代に引継いでゆく道具として考えています。素材の良さを生かし、丈夫な作り方で、普遍的な形で、修理も可能なようにと考え、出来るかぎりムクの木を使い、自然な仕上がりを求めています。「木」によって、私たちの家具が生かされています。それは、「木」それ自身が、自然界の恵みであるあらゆる現象により描かれた、「木目」という作品を持っているからです。
自然を感じることは、与えられる恵みの多さを知ることであり、家具づくりにとってとても大切なことだと感じています。そして、まだまだ未熟であることも…。より良質で、美しい。そして永続性のあるモノ作りを目ざしたいものです。
私たちの想いのたくさんつまった家具たちを、家庭に迎えていただき、その木の育った、山や自然を想像しながら、大切に使っていただきたいと思います。修理を重ね、メンテナンスをし、味わいある家具に育て…。
少なくとも、「木」が土に根を下ろしていたのと同じ年月を、家具として生き続けられるように…。 渡辺恭延